2011年5月18日

PhRMA ワクチン シンポジウム

5月17日に、米国研究製薬工業協会(PhRMA)主催の「日本の新しいワクチン政策の創出」シンポジウムに参加しました。昨年に続き2回目の参加です。

今回も、講演とその後のディスカッションがありました。
その内容を簡単にレポートします。

スタンレー・A・プロトキン博士
ペンシルバニア大学名誉教授、ジョンズ・ホプキンス大学非常勤教授
『米国ではどのように国民の予防接種を行っているか』

始めに日本語で、今回の震災についてのお見舞いの言葉を述べられました。
また日本のワクチン行政の改善に多大な貢献をされ、先日亡くなれた神谷齊先生への想いも話されました。

講演は、主に米国のワクチン行政の制度についてのお話でした。

製薬会社がワクチンを開発すると、まずFDAに生物学的製材申請(BLA)がFDAに提出されます。で、それに対して「ワクチンならびに関連する生物製剤に関する諮問委員会(VRBPAC)が助言を行い、問題なければFDAが認可。その後に予防接種の実施に関する諮問委員会(ACIP)が助言し、CDCで検討され、米国小児科学会(AAP)および米国内科学会(ACP)が提言し、問題なければCDCの疫学週報(MMWR)において使用に関する勧告を発表します。
そして、健康保険(民間)またはメディケアによる保険適応など、VFC(Vaccine for Children)や317連邦補助金プログラム、州政府などによりワクチン接種の資金が提供されます。

ワクチン政策の決定過程には、ACIPが深く関わっているんですが、このACIPは、医療や公衆衛生の関係者はもちろん、児童福祉や一般市民など様々な利害を代表するメンバーで構成され、そのほかの機関・団体からも多くの代表が連絡担当メンバーとして出席していることが特徴です。
CDCからもスタッフが提供され、製薬業界はワクチンに関するデータを提供し、委員会で発言します。そして各作業グループが勧告の提言を行い、委員会で議決され、それが国のワクチン政策に直接反映されます。
なので、このACIPでの提言は信頼されており、議論はもちろん一般公開されています。
そして、国から「独立した」機関であることも特徴です。

どこかの国のように、政局や役人の異動などに左右されない、長期的な戦略に基づいてワクチン政策が提言され、ワクチン導入後もその効果や安全性のチェックが継続され、定期的に検討されます。

日本の今年3月のヒブワクチン・小児用肺炎球菌ワクチン接種に一時中断は、専門委員会を経ることなく(!)厚労省の独断で決定されました。その後の専門家による委員会で、結局はワクチン同時接種の因果関係は否定され、接種は再開されましたが、一般の方や医療現場に混乱を来たし、いまもその影響が深く残っています。
米国では乳児に対して、ジフテリア、破傷風、百日咳、不活化ポリオ、麻疹、風疹(これらは日本でも定期接種。ただしポリオはいまだに、世界の動向から10年遅れて「生」ワクチン。)、インフルエンザ菌b型(Hib)、B型肝炎、A型肝炎、ロタウイルス、おたふくかぜ、水痘、インフルエンザに対するワクチンが推奨されています。

これらは他の先進国でも推奨されており、日本がワクチン後進国と言われる所以です。

『世界の人々の健康に対するワクチンの効果は、どれほど強調しても強調しすぎるということはない。安全な水以外で、死亡率の低減と人口の増加にこれほど大きな影響を与える手段は他に存在しない』という言葉が印象的で、改めて我が国のワクチン行政の不備を痛感しました。


デービッド・ソールスベリー教授 
英国保健省予防接種部長
『英国におけるワクチンの現状』

米国と同様に、ワクチン政策を提言する独立した専門機関がありJCVI(Joint Committee on Vaccine and Immunisation)と呼ばれます。その提言を受け、保健省がワクチン政策を決定します。

米国との大きな違いは、ワクチンの関する一般市民や医療者への情報提供を、かなり細かく、国が行っていることです(米国では、そこまで細かくは国は関与せず、そのかわりに小児科学会などが深く関与)。
そして、国はワクチン接種を強要はしませんが、育児での「常識」として国民に情報提供を行い、その接種率はおおむね9割以上とのことでした。
ワクチンの集団免疫効果には、その接種率を高めることは重要です。
また、英国は「かかりつけ医」制度が確立していて、国民は日本のように自由に医療機関かかることができず、必ずかかりつけ医の紹介が必要です。
ワクチン接種はこのかかりつけ医によって行われるため、かかりつけ医による一般市民へのワクチン教育も大きいとのことでした。

日本では医療者であっても、必ずしもワクチンに詳しいとは限らず、一般市民の前に医療者への教育が必要なことも問題だと思います。


中野恵 氏 厚労省保健局 予防接種制度改革推進室次長
『予防接種政策の現状と今後』

主に現状に関するお話でした。


岡部信彦 博士 国立感染症研究所感染症情報センター センター長
『我が国予防接種に関する今後の展望』

これまでの日本のワクチン行政についてと、とくに今回のヒブ・小児用肺炎球菌ワクチン同時接種一時中止の経緯についての解説がありました。
前述のように結果的には、専門家により検討委員会によって、これらのワクチンの同時接種と死亡との明確な因果関係は否定されました。
諸外国のワクチン接種後の死亡報告の死因では、感染症や乳幼児突然死症候群が原因の大半を占めており、いずれもワクチンとの因果関係は明確ではありません。また、海外での死亡例の報告頻度は、小児用肺炎球菌ワクチンでは概ね対10万接種で0.1~1程度、ヒブワクチンでは概ね対10万接種で0.02~1程度であり、今回わが国で見られた死亡報告の頻度は両ワクチンとも対10万接種当たり0.1~0.2程度であり、その内容からみて、諸外国での報告状況と大差なく、わが国のワクチン接種の安全性に特段の問題があるとは考えにくいとのことでした。
今回、結論を出すまでに時間がかかったのは、今までの全国的な疫学調査が確立していなかったことと、なによりデータを定期的にモニタリングし、適宜、検討を行う公的な常設の予防接種諮問委員会がないことが問題だと言われていました。

ここでも、感染症や公衆衛生の問題を長期的視点に立って検討する「日本版ACIP」の必要性が訴えられています。

ただし、今回の問題では、いままでと比べると厚労省は、かなり早く情報収集と情報公開を行い、公衆衛生的な対策も議論されたとのことでした。


高畑紀一 氏 細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会 事務局長
『我が国のワクチン政策への認識』

高畑さんはお子さんが細菌性髄膜炎に罹った経験があり、その後にすでに世界にはそのワクチンがあることを知り(当時の日本では認可されていないことを知り)、細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会の活動を始めた方です。

まず一般市民として、我が国の「医療」に関する認識を述べられました。

「我が国の医療は充実している(米国ほどではないが)」「我が国はだれでもいつでも経済的負担を心配せずに医療にアクセスできる」「我が国では医療の後進性により国民が害を被ることはない」

ドラッグラグの問題などはありますが、概ねこの認識には同意されるのではないかと思います。ではこの「医療」を「ワクチン」に置き換えることができるでしょうか?

答えは残念ながら「否!」です。

日本がワクチン後進国になった原因として

ワクチン接種禍による訴訟
(国の過失を認定することで保障→作為過誤回避のために、国がワクチンに消極的になった)

マスメディアのエモーショナルな報道
(ワクチンで救われたひとの報道はせずに、ワクチン後の有害事象を因果関係がはっきりしないものでも「副作用」と報道)

行き過ぎた国内ワクチンメーカーの保護(不活化ポリオワクチンの混迷、インフルエンザワクチンの鎖国)を挙げられました。

そして、さらに「国民の要望がなかった」ことを挙げられました。

「世界最大の悲劇、それは善意の人の沈黙と無関心」というキング牧師の言葉を引用され、ワクチンギャップの一因として、マジョリティの無関心があったと指摘。
国民がまず「関心を持つこと」、接種を受ける当事者として「自覚を持つこと」が大切だと訴えられました。
また日本国民が、リスクに向き合うことに不慣れで、重要な決定を他者に委ねてしまう傾向があることも指摘されました。

今回の同時接種一時中断問題の教訓として、
ワクチン政策の決定過程に日本版ACIPが必要であること、
徹底したサーベイランスと情報開示、
接種後健康被害の救済のための無過失補償制度の確立、
そして国民へのワクチンに対する啓発強化と教育によるリテラシーの向上が必要であること、
を挙げられました。

国民自らが当事者であることを自覚し、ワクチンの大切さとわが国のワクチンギャップを知り、どうすれば子どもたちをVPDから守れる社会にできるのかを考え、行動することが、ワクチン後進国からの脱却に必要だと強調されました。


最後のパネルディスカッションでは、各国のワクチン行政の制度の差、いかにして国民のワクチンへの信頼を得るか、接種費用をどうするかということが議論されました。

会場からは、費用対効果をどのように評価すべきかという質問がありましたが、プロトキン教授は「単純に数学的な尺度だけでは、決められない」ということを答えておられました。
僕は「各国が、国民や医師へのワクチン教育を具体的にどのように行なっているか」を質問したかったのですが、時間の都合で質問できず残念でした。


国民へのわかりやすい正しい情報提供はもちろん必要ですが、現場で患者や保護者から受けるワクチンについての質問に適格に答え、助言すべきプライマリ・ケア医にこそ、もっと多くの教育が必要ではないかと思いました。


今回の講演者である高畑さんには、今年の7月2日にある第2回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会でのシンポジウム(『わが国のワクチン行政とプライマリ・ケア医の役割を考える』、当講座が企画)にもシンポジストとして参加していただくため、その打ち合わせを兼ねて一緒に一杯ひっかけました(笑)

そのときに小児希少難病である「ムコ多糖症」の支援ネットワーク『ムコネットTwinkle Days』を運営されている中井さんを紹介していただきました。
ムコ多糖症やドラッグラグ問題、新生児マススクリーニング普及などの活動をされています。当ブログでもリンクさせていただこうと思います。

また、高畑さんは最近 +Action for Children」という団体も立ち上げられました。

高畑さんや中井さんのような医療者ではない方々も自ら行動を起こされています。

わが国のワクチン行政は少しずつ良くなってきていますが、世界標準にはまだまだです。
僕ら医療者は目の前の患者さんだけでなく、予防医療や医療政策などに対する広い視点も同時に持ち続け、そして行動することがもっと必要だと思います。

(総合内科部門 坂西雄太)

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