5月23日より5月29日まで日本プライマリ・ケア連合学会の東日本大震災支援プロジェクト(PCAT : Primary Care for All Team、ピーキャット)に参加しました。
僕らが所属している、日本プライマリ・ケア連合学会は
『プライマリ・ケア(家庭医療・総合診療)の学術団体として特色ある災害支援を行うべく,医師をはじめとする多職種の医療専門職で構成された災害医療支援チームを被災地に派遣することを決定し(中略)プライマリ・ケアの能力を最大限に発揮し,被災者の避難生活を医療の面から包括的に支援する活動を続けています。私たちの最終目標は,地域の保健・医療・介護職の皆さまが元通りの力を取り戻されるまでのご支援です.それぞれの地域の特性や人脈を最大限尊重し,支援者目線の支援に陥らないよう,被災地の方々が真に必要とするニーズを探り出し,柔軟に対応し,支援と協働を提供しています』(日本プライマリ・ケア連合学会HPより抜粋、引用)
PCATは
①現地の医師(在宅診療含む)の代診
②避難所の医療支援
の2つを柱に活動を行なっています。
現在、主に岩手県藤沢町ハブ(宮城県気仙沼市で活動)、宮城県涌谷町(わくや)ハブ(宮城県石巻市で活動)、福島県天栄村ハブ(同村国保湯本診療所医師が活動)で活動を行い、
現在までにのべ200人強のスタッフを派遣しています。
また在米医療者による災害地支援NPOであるProject HOPEの活動に対して、今回PCATが受け皿となり、Project HOPEからの在米日本人医師・看護師の皆さんとも一緒に活動しています。
僕は前日の5月22日にPCAT派遣前研修を東京で受け、被災地における様々なケア、そして支援者自身のメンタルケアなどについてレクチャーを受け、グループ学習をしました。
また今は災害サイクルが亜急性期から慢性期に移行し、外部からの医療支援が徐々に撤退している中での医療ニーズについてもレクチャーを受けました。
そのなかで、前述のようにあくまで現地のニーズ、継続性を常に考え、支援者のエゴを押し付けないようという意味での『最高ではなく、最適を』という言葉が印象的でした。
僕が派遣された涌谷ハブでは現在、以下のプロジェクトが行なわれています。
①遊楽館の医学的管理と運営
介護を要する方(介護保険の要介護者)の『福祉的避難所』である「遊楽館」における医師、薬剤師、コメディカルスタッフの派遣と各部署におけるシステム構築、他職種チーム医療の実践。
遊楽館内における医療管理面、また石巻市役所、石巻市立病院と他団体との調整役として大きな役割を担っている。
②石巻/河北地区における在宅診療
JIM-Netの在宅看護ネットワークと協力体制を組み、石巻河北支所からのニーズに沿った在宅医療への介入。
また地域開業医の在宅診療代診の実施。
③石巻圏における検視と死体検案業務
石巻警察と石巻医師会への協力業務。
事件性の薄い案件に限り、可能な範囲において協力体制を継続していく。
④ 医療避難所「ショートステイベース(SSB)」における地域連携型医療活動及びその医学的管理と運営
民間病院内にある一時的避難所「ショートステイベース」への介入。
災害本部より医学的管理を要する避難所の定点活動要請を申し受けた。
災害本部、施設提供先、また行政機関との相互協力体制を維持しながら、地域特性と都度、災害復興ニーズ変化に柔軟に沿うことのできる避難所施設の運営を目指す。
関係機関などを含め地域連携機能を高める事で、より多くの医療を必要とする被災者の方のクッション機関となれるよう現在プロジェクトを計画進行中。日中PCAT医師駐在夜間オンコール体制、看護師2交代制勤務実施中。
⑤石巻圏のリハビリ在宅診療
宮城県保健所からの要請に沿い理学療法士のサポート業務、また河北エリア等の石巻圏内における在宅リハビリ診療と住環境アセスメントを実施。
⑥健康調査RHITEプロジェクト
当学会指定避難所2か所における健康調査、その結果返しを実施。
⑦PCOT及び日本助産師会の母子健康保健活動
PCOT医師と助産師による石巻圏内における母子健康のニーズ調査と介入日本助産師会より派遣された助産師による東松島市圏内における新生児自宅訪問
石巻圏では、いまでも160ヶ所以上の避難所に5000~6000人近くの方が、公的な避難所以外で生活をされている方を含めると1万人ほどの方が自宅以外での生活を余議なくされています。
石巻の災害本部では、石巻圏のエリアを1-14ケに分け、各救護班(各地の日赤や公的および民間の医療施設・団体による医療チーム)エリア内の避難所を担当します。
毎日18時から石巻日赤病院で救護班合同ミーティングが行なわれ、災害本部からの通達や情報共有がなされています。
僕はProject HOPEの医師・看護師の皆さんとともに上記④の医療的避難所「ショートステイベース(SSB)」での業務を1週間させていただきました。
このSSBは4月上旬から設置されおり、高度の医療が必要ではないが、医療・社会的理由から避難所での生活が困難な方が一時的に入所する医療的避難所で、いままでの日本の災害地にはなかったコンセプトの避難所だと聞きました。
とくに初期は地域の医療機関が再開されておらず、各避難所から直接、石巻日赤病院に患者が集中し、日赤の機能を上回ってしまったため、避難所と石巻日赤との中間(クッション)施設としてSSBが開所されたそうです。
で、最近まで様々な医療救護班が午前・午後と入れ替わり立ち替わり、SSBを担当していたのですが、今回5月25日よりPCATが全面的にSSB業務を担うことになりました(5月31日まではジャパンハートからの看護師と協働)。
施設はそれまで利用が休止されていた民間病院の病棟を借用しています。
PCATがSSB業務を引き継ぐに当たり、再度、その統括機関である石巻日赤病院はじめ関係各者と協議し、現地の医療・福祉的ニーズと現在のSSBの施設的な問題点などを確認し、今後のSSBの方向性を決定しました。
またSSBはあくまで「避難所」であり、入所者の食事は石巻市から配給になるため、PCATが連携している日本栄養士学会のボランティアに依頼し、食事内容について介入していただくことになりました。
現時点でのSSB入所対象者は主に以下のとおりです。
①数日~数週間の点滴・内服・安静や簡単な処置が必要な入所者
(入院患者が直接、避難所などに戻れない場合の一時的待機も含む)
②原則として10歳以上(付き添いがあれば、10歳未満児も検討)
③隔離が必要な感染症、感染症が疑われる入所者
また、将来的には地域の医療・介護・福祉関係者だけで、この地域を担われることになるため、PCATの活動がtoo muchになることなく、かつ継続的な地域のネットワークの構築・維持のお手伝いをさせていただけるといいでのはないかと考えました。
今後しばらくは、PCAT活動の原則どおり、あくまで現地のニーズに沿うかたちでSSBを活用することにより、PCATとして石巻圏の医療・福祉をサポートさせていただければと思いました。
1週間という本当にわずかな期間でしたが、現地での医療に関わらせていただき、僕自身はいろいろと学ばせていただきました。
そして、現地に入るまで頭では理解していましたが、現地を見て、被災された方々にお会いして、現地の甚大な被害状況やそこで暮らされている方々の心の痛みとその回復、復興までにはまだまだ時間がかかってしまうことも実感しました。
震災から2カ月以上が経ち、現地の方々の疲れ・ストレスは相当なものだと思います。医療だけではどうにもならない問題もありますが、やはり心のケアも重要です。
また、全ての方が仮設住宅に移れるのは9月になるとも言われ、これからの季節、梅雨や豪雨、夏の暑さの中、避難所での生活が続くことも心配です。
直接的にも、間接的にも、本当に長期のサポートが必要です。
PCATでは医師、看護師など医療者のみならず、医学生の参加も可能です。僕が参加したときも東京医科歯科大学の6年生が参加されていました。佐賀大学はじめ九州の医学生の皆さんも是非、参加してもらえればと思います。
(総合内科部門 坂西雄太)
2011年5月31日
2011年5月18日
PhRMA ワクチン シンポジウム
5月17日に、米国研究製薬工業協会(PhRMA)主催の「日本の新しいワクチン政策の創出」シンポジウムに参加しました。昨年に続き2回目の参加です。
今回も、講演とその後のディスカッションがありました。
その内容を簡単にレポートします。
スタンレー・A・プロトキン博士
ペンシルバニア大学名誉教授、ジョンズ・ホプキンス大学非常勤教授
『米国ではどのように国民の予防接種を行っているか』
始めに日本語で、今回の震災についてのお見舞いの言葉を述べられました。
また日本のワクチン行政の改善に多大な貢献をされ、先日亡くなれた神谷齊先生への想いも話されました。
講演は、主に米国のワクチン行政の制度についてのお話でした。
製薬会社がワクチンを開発すると、まずFDAに生物学的製材申請(BLA)がFDAに提出されます。で、それに対して「ワクチンならびに関連する生物製剤に関する諮問委員会(VRBPAC)が助言を行い、問題なければFDAが認可。その後に予防接種の実施に関する諮問委員会(ACIP)が助言し、CDCで検討され、米国小児科学会(AAP)および米国内科学会(ACP)が提言し、問題なければCDCの疫学週報(MMWR)において使用に関する勧告を発表します。
そして、健康保険(民間)またはメディケアによる保険適応など、VFC(Vaccine for Children)や317連邦補助金プログラム、州政府などによりワクチン接種の資金が提供されます。
ワクチン政策の決定過程には、ACIPが深く関わっているんですが、このACIPは、医療や公衆衛生の関係者はもちろん、児童福祉や一般市民など様々な利害を代表するメンバーで構成され、そのほかの機関・団体からも多くの代表が連絡担当メンバーとして出席していることが特徴です。
CDCからもスタッフが提供され、製薬業界はワクチンに関するデータを提供し、委員会で発言します。そして各作業グループが勧告の提言を行い、委員会で議決され、それが国のワクチン政策に直接反映されます。
なので、このACIPでの提言は信頼されており、議論はもちろん一般公開されています。
そして、国から「独立した」機関であることも特徴です。
どこかの国のように、政局や役人の異動などに左右されない、長期的な戦略に基づいてワクチン政策が提言され、ワクチン導入後もその効果や安全性のチェックが継続され、定期的に検討されます。
日本の今年3月のヒブワクチン・小児用肺炎球菌ワクチン接種に一時中断は、専門委員会を経ることなく(!)厚労省の独断で決定されました。その後の専門家による委員会で、結局はワクチン同時接種の因果関係は否定され、接種は再開されましたが、一般の方や医療現場に混乱を来たし、いまもその影響が深く残っています。
米国では乳児に対して、ジフテリア、破傷風、百日咳、不活化ポリオ、麻疹、風疹(これらは日本でも定期接種。ただしポリオはいまだに、世界の動向から10年遅れて「生」ワクチン。)、インフルエンザ菌b型(Hib)、B型肝炎、A型肝炎、ロタウイルス、おたふくかぜ、水痘、インフルエンザに対するワクチンが推奨されています。
これらは他の先進国でも推奨されており、日本がワクチン後進国と言われる所以です。
『世界の人々の健康に対するワクチンの効果は、どれほど強調しても強調しすぎるということはない。安全な水以外で、死亡率の低減と人口の増加にこれほど大きな影響を与える手段は他に存在しない』という言葉が印象的で、改めて我が国のワクチン行政の不備を痛感しました。
デービッド・ソールスベリー教授
英国保健省予防接種部長
『英国におけるワクチンの現状』
米国と同様に、ワクチン政策を提言する独立した専門機関がありJCVI(Joint Committee on Vaccine and Immunisation)と呼ばれます。その提言を受け、保健省がワクチン政策を決定します。
米国との大きな違いは、ワクチンの関する一般市民や医療者への情報提供を、かなり細かく、国が行っていることです(米国では、そこまで細かくは国は関与せず、そのかわりに小児科学会などが深く関与)。
そして、国はワクチン接種を強要はしませんが、育児での「常識」として国民に情報提供を行い、その接種率はおおむね9割以上とのことでした。
ワクチンの集団免疫効果には、その接種率を高めることは重要です。
また、英国は「かかりつけ医」制度が確立していて、国民は日本のように自由に医療機関かかることができず、必ずかかりつけ医の紹介が必要です。
ワクチン接種はこのかかりつけ医によって行われるため、かかりつけ医による一般市民へのワクチン教育も大きいとのことでした。
日本では医療者であっても、必ずしもワクチンに詳しいとは限らず、一般市民の前に医療者への教育が必要なことも問題だと思います。
中野恵 氏 厚労省保健局 予防接種制度改革推進室次長
『予防接種政策の現状と今後』
主に現状に関するお話でした。
岡部信彦 博士 国立感染症研究所感染症情報センター センター長
『我が国予防接種に関する今後の展望』
これまでの日本のワクチン行政についてと、とくに今回のヒブ・小児用肺炎球菌ワクチン同時接種一時中止の経緯についての解説がありました。
前述のように結果的には、専門家により検討委員会によって、これらのワクチンの同時接種と死亡との明確な因果関係は否定されました。
諸外国のワクチン接種後の死亡報告の死因では、感染症や乳幼児突然死症候群が原因の大半を占めており、いずれもワクチンとの因果関係は明確ではありません。また、海外での死亡例の報告頻度は、小児用肺炎球菌ワクチンでは概ね対10万接種で0.1~1程度、ヒブワクチンでは概ね対10万接種で0.02~1程度であり、今回わが国で見られた死亡報告の頻度は両ワクチンとも対10万接種当たり0.1~0.2程度であり、その内容からみて、諸外国での報告状況と大差なく、わが国のワクチン接種の安全性に特段の問題があるとは考えにくいとのことでした。
今回、結論を出すまでに時間がかかったのは、今までの全国的な疫学調査が確立していなかったことと、なによりデータを定期的にモニタリングし、適宜、検討を行う公的な常設の予防接種諮問委員会がないことが問題だと言われていました。
ここでも、感染症や公衆衛生の問題を長期的視点に立って検討する「日本版ACIP」の必要性が訴えられています。
ただし、今回の問題では、いままでと比べると厚労省は、かなり早く情報収集と情報公開を行い、公衆衛生的な対策も議論されたとのことでした。
高畑紀一 氏 細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会 事務局長
『我が国のワクチン政策への認識』
高畑さんはお子さんが細菌性髄膜炎に罹った経験があり、その後にすでに世界にはそのワクチンがあることを知り(当時の日本では認可されていないことを知り)、細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会の活動を始めた方です。
まず一般市民として、我が国の「医療」に関する認識を述べられました。
「我が国の医療は充実している(米国ほどではないが)」「我が国はだれでもいつでも経済的負担を心配せずに医療にアクセスできる」「我が国では医療の後進性により国民が害を被ることはない」
ドラッグラグの問題などはありますが、概ねこの認識には同意されるのではないかと思います。ではこの「医療」を「ワクチン」に置き換えることができるでしょうか?
答えは残念ながら「否!」です。
日本がワクチン後進国になった原因として
ワクチン接種禍による訴訟
(国の過失を認定することで保障→作為過誤回避のために、国がワクチンに消極的になった)
マスメディアのエモーショナルな報道
(ワクチンで救われたひとの報道はせずに、ワクチン後の有害事象を因果関係がはっきりしないものでも「副作用」と報道)
行き過ぎた国内ワクチンメーカーの保護(不活化ポリオワクチンの混迷、インフルエンザワクチンの鎖国)を挙げられました。
そして、さらに「国民の要望がなかった」ことを挙げられました。
「世界最大の悲劇、それは善意の人の沈黙と無関心」というキング牧師の言葉を引用され、ワクチンギャップの一因として、マジョリティの無関心があったと指摘。
国民がまず「関心を持つこと」、接種を受ける当事者として「自覚を持つこと」が大切だと訴えられました。
また日本国民が、リスクに向き合うことに不慣れで、重要な決定を他者に委ねてしまう傾向があることも指摘されました。
今回の同時接種一時中断問題の教訓として、
ワクチン政策の決定過程に日本版ACIPが必要であること、
徹底したサーベイランスと情報開示、
接種後健康被害の救済のための無過失補償制度の確立、
そして国民へのワクチンに対する啓発強化と教育によるリテラシーの向上が必要であること、
を挙げられました。
国民自らが当事者であることを自覚し、ワクチンの大切さとわが国のワクチンギャップを知り、どうすれば子どもたちをVPDから守れる社会にできるのかを考え、行動することが、ワクチン後進国からの脱却に必要だと強調されました。
最後のパネルディスカッションでは、各国のワクチン行政の制度の差、いかにして国民のワクチンへの信頼を得るか、接種費用をどうするかということが議論されました。
会場からは、費用対効果をどのように評価すべきかという質問がありましたが、プロトキン教授は「単純に数学的な尺度だけでは、決められない」ということを答えておられました。
僕は「各国が、国民や医師へのワクチン教育を具体的にどのように行なっているか」を質問したかったのですが、時間の都合で質問できず残念でした。
国民へのわかりやすい正しい情報提供はもちろん必要ですが、現場で患者や保護者から受けるワクチンについての質問に適格に答え、助言すべきプライマリ・ケア医にこそ、もっと多くの教育が必要ではないかと思いました。
今回の講演者である高畑さんには、今年の7月2日にある第2回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会でのシンポジウム(『わが国のワクチン行政とプライマリ・ケア医の役割を考える』、当講座が企画)にもシンポジストとして参加していただくため、その打ち合わせを兼ねて一緒に一杯ひっかけました(笑)
そのときに小児希少難病である「ムコ多糖症」の支援ネットワーク『ムコネットTwinkle Days』を運営されている中井さんを紹介していただきました。
ムコ多糖症やドラッグラグ問題、新生児マススクリーニング普及などの活動をされています。当ブログでもリンクさせていただこうと思います。
また、高畑さんは最近 +Action for Children」という団体も立ち上げられました。
高畑さんや中井さんのような医療者ではない方々も自ら行動を起こされています。
わが国のワクチン行政は少しずつ良くなってきていますが、世界標準にはまだまだです。
僕ら医療者は目の前の患者さんだけでなく、予防医療や医療政策などに対する広い視点も同時に持ち続け、そして行動することがもっと必要だと思います。
(総合内科部門 坂西雄太)
今回も、講演とその後のディスカッションがありました。
その内容を簡単にレポートします。
スタンレー・A・プロトキン博士
ペンシルバニア大学名誉教授、ジョンズ・ホプキンス大学非常勤教授
『米国ではどのように国民の予防接種を行っているか』
始めに日本語で、今回の震災についてのお見舞いの言葉を述べられました。
また日本のワクチン行政の改善に多大な貢献をされ、先日亡くなれた神谷齊先生への想いも話されました。
講演は、主に米国のワクチン行政の制度についてのお話でした。
製薬会社がワクチンを開発すると、まずFDAに生物学的製材申請(BLA)がFDAに提出されます。で、それに対して「ワクチンならびに関連する生物製剤に関する諮問委員会(VRBPAC)が助言を行い、問題なければFDAが認可。その後に予防接種の実施に関する諮問委員会(ACIP)が助言し、CDCで検討され、米国小児科学会(AAP)および米国内科学会(ACP)が提言し、問題なければCDCの疫学週報(MMWR)において使用に関する勧告を発表します。
そして、健康保険(民間)またはメディケアによる保険適応など、VFC(Vaccine for Children)や317連邦補助金プログラム、州政府などによりワクチン接種の資金が提供されます。
ワクチン政策の決定過程には、ACIPが深く関わっているんですが、このACIPは、医療や公衆衛生の関係者はもちろん、児童福祉や一般市民など様々な利害を代表するメンバーで構成され、そのほかの機関・団体からも多くの代表が連絡担当メンバーとして出席していることが特徴です。
CDCからもスタッフが提供され、製薬業界はワクチンに関するデータを提供し、委員会で発言します。そして各作業グループが勧告の提言を行い、委員会で議決され、それが国のワクチン政策に直接反映されます。
なので、このACIPでの提言は信頼されており、議論はもちろん一般公開されています。
そして、国から「独立した」機関であることも特徴です。
どこかの国のように、政局や役人の異動などに左右されない、長期的な戦略に基づいてワクチン政策が提言され、ワクチン導入後もその効果や安全性のチェックが継続され、定期的に検討されます。
日本の今年3月のヒブワクチン・小児用肺炎球菌ワクチン接種に一時中断は、専門委員会を経ることなく(!)厚労省の独断で決定されました。その後の専門家による委員会で、結局はワクチン同時接種の因果関係は否定され、接種は再開されましたが、一般の方や医療現場に混乱を来たし、いまもその影響が深く残っています。
米国では乳児に対して、ジフテリア、破傷風、百日咳、不活化ポリオ、麻疹、風疹(これらは日本でも定期接種。ただしポリオはいまだに、世界の動向から10年遅れて「生」ワクチン。)、インフルエンザ菌b型(Hib)、B型肝炎、A型肝炎、ロタウイルス、おたふくかぜ、水痘、インフルエンザに対するワクチンが推奨されています。
これらは他の先進国でも推奨されており、日本がワクチン後進国と言われる所以です。
『世界の人々の健康に対するワクチンの効果は、どれほど強調しても強調しすぎるということはない。安全な水以外で、死亡率の低減と人口の増加にこれほど大きな影響を与える手段は他に存在しない』という言葉が印象的で、改めて我が国のワクチン行政の不備を痛感しました。
デービッド・ソールスベリー教授
英国保健省予防接種部長
『英国におけるワクチンの現状』
米国と同様に、ワクチン政策を提言する独立した専門機関がありJCVI(Joint Committee on Vaccine and Immunisation)と呼ばれます。その提言を受け、保健省がワクチン政策を決定します。
米国との大きな違いは、ワクチンの関する一般市民や医療者への情報提供を、かなり細かく、国が行っていることです(米国では、そこまで細かくは国は関与せず、そのかわりに小児科学会などが深く関与)。
そして、国はワクチン接種を強要はしませんが、育児での「常識」として国民に情報提供を行い、その接種率はおおむね9割以上とのことでした。
ワクチンの集団免疫効果には、その接種率を高めることは重要です。
また、英国は「かかりつけ医」制度が確立していて、国民は日本のように自由に医療機関かかることができず、必ずかかりつけ医の紹介が必要です。
ワクチン接種はこのかかりつけ医によって行われるため、かかりつけ医による一般市民へのワクチン教育も大きいとのことでした。
日本では医療者であっても、必ずしもワクチンに詳しいとは限らず、一般市民の前に医療者への教育が必要なことも問題だと思います。
中野恵 氏 厚労省保健局 予防接種制度改革推進室次長
『予防接種政策の現状と今後』
主に現状に関するお話でした。
岡部信彦 博士 国立感染症研究所感染症情報センター センター長
『我が国予防接種に関する今後の展望』
これまでの日本のワクチン行政についてと、とくに今回のヒブ・小児用肺炎球菌ワクチン同時接種一時中止の経緯についての解説がありました。
前述のように結果的には、専門家により検討委員会によって、これらのワクチンの同時接種と死亡との明確な因果関係は否定されました。
諸外国のワクチン接種後の死亡報告の死因では、感染症や乳幼児突然死症候群が原因の大半を占めており、いずれもワクチンとの因果関係は明確ではありません。また、海外での死亡例の報告頻度は、小児用肺炎球菌ワクチンでは概ね対10万接種で0.1~1程度、ヒブワクチンでは概ね対10万接種で0.02~1程度であり、今回わが国で見られた死亡報告の頻度は両ワクチンとも対10万接種当たり0.1~0.2程度であり、その内容からみて、諸外国での報告状況と大差なく、わが国のワクチン接種の安全性に特段の問題があるとは考えにくいとのことでした。
今回、結論を出すまでに時間がかかったのは、今までの全国的な疫学調査が確立していなかったことと、なによりデータを定期的にモニタリングし、適宜、検討を行う公的な常設の予防接種諮問委員会がないことが問題だと言われていました。
ここでも、感染症や公衆衛生の問題を長期的視点に立って検討する「日本版ACIP」の必要性が訴えられています。
ただし、今回の問題では、いままでと比べると厚労省は、かなり早く情報収集と情報公開を行い、公衆衛生的な対策も議論されたとのことでした。
高畑紀一 氏 細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会 事務局長
『我が国のワクチン政策への認識』
高畑さんはお子さんが細菌性髄膜炎に罹った経験があり、その後にすでに世界にはそのワクチンがあることを知り(当時の日本では認可されていないことを知り)、細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会の活動を始めた方です。
まず一般市民として、我が国の「医療」に関する認識を述べられました。
「我が国の医療は充実している(米国ほどではないが)」「我が国はだれでもいつでも経済的負担を心配せずに医療にアクセスできる」「我が国では医療の後進性により国民が害を被ることはない」
ドラッグラグの問題などはありますが、概ねこの認識には同意されるのではないかと思います。ではこの「医療」を「ワクチン」に置き換えることができるでしょうか?
答えは残念ながら「否!」です。
日本がワクチン後進国になった原因として
ワクチン接種禍による訴訟
(国の過失を認定することで保障→作為過誤回避のために、国がワクチンに消極的になった)
マスメディアのエモーショナルな報道
(ワクチンで救われたひとの報道はせずに、ワクチン後の有害事象を因果関係がはっきりしないものでも「副作用」と報道)
行き過ぎた国内ワクチンメーカーの保護(不活化ポリオワクチンの混迷、インフルエンザワクチンの鎖国)を挙げられました。
そして、さらに「国民の要望がなかった」ことを挙げられました。
「世界最大の悲劇、それは善意の人の沈黙と無関心」というキング牧師の言葉を引用され、ワクチンギャップの一因として、マジョリティの無関心があったと指摘。
国民がまず「関心を持つこと」、接種を受ける当事者として「自覚を持つこと」が大切だと訴えられました。
また日本国民が、リスクに向き合うことに不慣れで、重要な決定を他者に委ねてしまう傾向があることも指摘されました。
今回の同時接種一時中断問題の教訓として、
ワクチン政策の決定過程に日本版ACIPが必要であること、
徹底したサーベイランスと情報開示、
接種後健康被害の救済のための無過失補償制度の確立、
そして国民へのワクチンに対する啓発強化と教育によるリテラシーの向上が必要であること、
を挙げられました。
国民自らが当事者であることを自覚し、ワクチンの大切さとわが国のワクチンギャップを知り、どうすれば子どもたちをVPDから守れる社会にできるのかを考え、行動することが、ワクチン後進国からの脱却に必要だと強調されました。
最後のパネルディスカッションでは、各国のワクチン行政の制度の差、いかにして国民のワクチンへの信頼を得るか、接種費用をどうするかということが議論されました。
会場からは、費用対効果をどのように評価すべきかという質問がありましたが、プロトキン教授は「単純に数学的な尺度だけでは、決められない」ということを答えておられました。
僕は「各国が、国民や医師へのワクチン教育を具体的にどのように行なっているか」を質問したかったのですが、時間の都合で質問できず残念でした。
国民へのわかりやすい正しい情報提供はもちろん必要ですが、現場で患者や保護者から受けるワクチンについての質問に適格に答え、助言すべきプライマリ・ケア医にこそ、もっと多くの教育が必要ではないかと思いました。
今回の講演者である高畑さんには、今年の7月2日にある第2回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会でのシンポジウム(『わが国のワクチン行政とプライマリ・ケア医の役割を考える』、当講座が企画)にもシンポジストとして参加していただくため、その打ち合わせを兼ねて一緒に一杯ひっかけました(笑)
そのときに小児希少難病である「ムコ多糖症」の支援ネットワーク『ムコネットTwinkle Days』を運営されている中井さんを紹介していただきました。
ムコ多糖症やドラッグラグ問題、新生児マススクリーニング普及などの活動をされています。当ブログでもリンクさせていただこうと思います。
また、高畑さんは最近 +Action for Children」という団体も立ち上げられました。
高畑さんや中井さんのような医療者ではない方々も自ら行動を起こされています。
わが国のワクチン行政は少しずつ良くなってきていますが、世界標準にはまだまだです。
僕ら医療者は目の前の患者さんだけでなく、予防医療や医療政策などに対する広い視点も同時に持ち続け、そして行動することがもっと必要だと思います。
(総合内科部門 坂西雄太)
2011年5月16日
日本プライマリ・ケア連合学会の東日本大震災支援プロジェクト
震災から2ヶ月以上が経ちましたが、いまでも10万人以上の方が避難されています。
全国の様々な団体、個人でもそれぞれで被災地への支援をされていると思います。
僕らが所属している「日本プライマリ・ケア連合学会」でも『東日本大震災支援プロジェクト』(通称PCAT)があり、現在までに150名ほどの医療スタッフが現地へ派遣されています。
また、同プロジェクトのひとつとして、避難所の被災者に肺炎球菌ワクチンを無償で接種するプロジェクトも始まったそうです(ブログ『感染症診療の原則』5月16日の記事より)。
個人的には、麻疹・風疹(MR)ワクチンと3種混合(DPT)などの定期接種の早期再開とともに被災地の子どもたちにも水痘やおたふくかぜワクチン(もちろん、ヒブや小児用肺炎球菌ワクチンも)無償接種できればいいなと思います。
(感染症情報センター http://idsc.nih.go.jp/earthquake2011/IDSC/20110506vaccine.html )
日本プライマリ・ケア連合学会では、東日本大震災支援プロジェクトに対するご寄付・ご支援もお願いしています。
僕もこのPCATで5月23日から石巻に行かせてもらえることになりました。
少しでも現地を手伝えることができればと思います。
(総合内科部門 坂西雄太)
全国の様々な団体、個人でもそれぞれで被災地への支援をされていると思います。
僕らが所属している「日本プライマリ・ケア連合学会」でも『東日本大震災支援プロジェクト』(通称PCAT)があり、現在までに150名ほどの医療スタッフが現地へ派遣されています。
また、同プロジェクトのひとつとして、避難所の被災者に肺炎球菌ワクチンを無償で接種するプロジェクトも始まったそうです(ブログ『感染症診療の原則』5月16日の記事より)。
個人的には、麻疹・風疹(MR)ワクチンと3種混合(DPT)などの定期接種の早期再開とともに被災地の子どもたちにも水痘やおたふくかぜワクチン(もちろん、ヒブや小児用肺炎球菌ワクチンも)無償接種できればいいなと思います。
(感染症情報センター http://idsc.nih.go.jp/earthquake2011/IDSC/20110506vaccine.html )
日本プライマリ・ケア連合学会では、東日本大震災支援プロジェクトに対するご寄付・ご支援もお願いしています。
僕もこのPCATで5月23日から石巻に行かせてもらえることになりました。
少しでも現地を手伝えることができればと思います。
(総合内科部門 坂西雄太)
2011年5月10日
「九州ブロック 初期・後期臨床研修進路説明会」に参加しました。
5月8日(日)は福岡国際会議場で開催された「九州ブロック 初期・後期臨床研修進路説明会」に参加しました。
この説明会には、おもに九州の臨床指定病院が出展していて、どこの病院のブースも工夫を凝らした演出をしていて、次回の参考になりました。
もちろん各病院、研修プログラムも工夫をされています。
佐賀大学病院(卒後臨床研修センター)は佐賀県との合同ブースで、佐賀大学病院の研修プログラムの説明を聞いてもらったあとには県職員の方が佐賀県の観光マップなどもお渡しするという、まさに地域密着型で(笑)アピールさせていただきました。
佐賀大学病院の卒後臨床研修センターの江村先生・吉田先生はもちろん参加されました。
佐賀大学病院内の各診療科の垣根が低いのと同様に、県内の医療施設間の垣根も低く、県全体での一体感が強いのが佐賀県の特徴だと思います。
今年の「初期・後期臨床研修進路説明会」の参加者(学生、研修医)は150名ほどだったとのことで、昨年より1.5倍の参加人数だったようです。
いちおう後期研修の説明会でもあったんですが、実際の参加者は初期研修プログラムを聞きにきた学生さん(5,6年生)がほとんどでした。
研修医の先生たちはやはり時間があまりないのかなと思いました。
そんななか、佐賀大学病院のブースには、30数名の方が説明を聞きに来てくれました。
なかには総合診療や総合内科に強い関心を持った学生さんもおられて、嬉しかったです。
ぜひ、佐賀大学病院や佐賀の山間診療所などにもどんどん見学に来ていただきたいと思います!
(総合内科部門 坂西雄太)
この説明会には、おもに九州の臨床指定病院が出展していて、どこの病院のブースも工夫を凝らした演出をしていて、次回の参考になりました。
もちろん各病院、研修プログラムも工夫をされています。
佐賀大学病院(卒後臨床研修センター)は佐賀県との合同ブースで、佐賀大学病院の研修プログラムの説明を聞いてもらったあとには県職員の方が佐賀県の観光マップなどもお渡しするという、まさに地域密着型で(笑)アピールさせていただきました。
佐賀大学病院の卒後臨床研修センターの江村先生・吉田先生はもちろん参加されました。
地域医療支援学講座は、佐賀県からの寄付講座であることから僕も説明会に参加させてもらいました。また神経内科の南里先生は学生・研修医教育に熱心なので参加してもらいました。
佐賀大学以外の出身の方も、佐賀の卒業生との扱われる差も、もちろん全くありません。
僕と神経内科の南里先生とで白衣のコスプレ?で参加しました。少しは目立てたかな。
いちおう後期研修の説明会でもあったんですが、実際の参加者は初期研修プログラムを聞きにきた学生さん(5,6年生)がほとんどでした。
研修医の先生たちはやはり時間があまりないのかなと思いました。
そんななか、佐賀大学病院のブースには、30数名の方が説明を聞きに来てくれました。
なかには総合診療や総合内科に強い関心を持った学生さんもおられて、嬉しかったです。
ぜひ、佐賀大学病院や佐賀の山間診療所などにもどんどん見学に来ていただきたいと思います!
(総合内科部門 坂西雄太)
2011年5月7日
5月8日(日)九州ブロック初期・後期研修進路説明会 に参加します
直前になってしまいましたが、
明日(5月8日(日))に福岡国際会議場で行われる
明日(5月8日(日))に福岡国際会議場で行われる
「九州ブロック初期・後期臨床研修進路説明会」(九州厚生局主催)に参加します!
佐賀大学病院は、昨年に引き続き佐賀県との合同ブースです。
地域医療支援学講座からは僕が、佐賀大学病院・神経内科からは南里先生(僕と同級生です)が若手(?)代表で参加いたします。
説明会の詳細は以下のとおりです。
第6回 九州ブロック初期・後期臨床研修進路説明会プログラム
平成23年5月8日(日)(福岡国際会議場2階 多目的ホール)
12:00~ 開会式
12:10~ 各ブースにて説明
13:00~ 講演
『卒後15年目に考える、これまでとこれからの医師人生』
川崎医科大学 循環器内科講師 林田 晃寛 氏
13:20~ 各ブースにて説明
16:00 閉会
会場では、坂西&南里ペアがウロウロしていると思いますので、お気軽に声をかけてくださいね〜
説明会で僕と握手!
↑むかーし「後楽園ホールで僕と握手!」って戦隊モノイベントのCMがあったんですけど、誰も知らないすね‥‥
(総合内科部門 坂西雄太)
2011年5月6日
『ぷら the Human』 などローカルメディア情報
こんにちは、みなさまGWはいかがお過ごし(だった)でしょうか?
佐賀では、有田陶器市(本日まで)にも沢山の来場(本日までに119万人!)があったようです。
さて、ここのところ(佐賀のローカル)メディアによく出ている杉岡教授ですが、
月刊ぷらざ佐賀という生活情報誌の今月号の「ぷら the Human」というコーナーでも
地域医療支援センターのご紹介をしております。
web版ぷらざは、こちらを
また、杉岡先生が出演した、先日のサガテレビ「かちかちワイド」内の『健康ばんばん!』もweb上で動画で見ることができます。
緊張している杉岡先生にこちらも緊張してきます(笑)
健康ばんばん!は、こちらを(vol.25 「地域医療支援センター」)
ついでに、地域医療支援センターの開所式の様子はこちら(2011.03.29)です。
これから、地域医療センターでセミナーなど、どんどん企画したいと思っちょります。
(総合内科部門 坂西雄太)
佐賀では、有田陶器市(本日まで)にも沢山の来場(本日までに119万人!)があったようです。
さて、ここのところ(佐賀のローカル)メディアによく出ている杉岡教授ですが、
月刊ぷらざ佐賀という生活情報誌の今月号の「ぷら the Human」というコーナーでも
地域医療支援センターのご紹介をしております。
web版ぷらざは、こちらを
また、杉岡先生が出演した、先日のサガテレビ「かちかちワイド」内の『健康ばんばん!』もweb上で動画で見ることができます。
緊張している杉岡先生にこちらも緊張してきます(笑)
健康ばんばん!は、こちらを(vol.25 「地域医療支援センター」)
ついでに、地域医療支援センターの開所式の様子はこちら(2011.03.29)です。
これから、地域医療センターでセミナーなど、どんどん企画したいと思っちょります。
(総合内科部門 坂西雄太)
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